Sphia代表のしんです。
今日は町田のカフェで作業。
学生時代はカフェやファミレスで作業することはほとんどなく、
ひたすら家でコーディングしてたんだけど、
最近だんだんカフェに行くようになってきた。
(家がネットつながらないんで)
丸いテーブルで60-70代ぐらいの男性が本を読んでいた。
小説にしては大きいし、ハードカバーでもないし、横書きだ。
チラリと中を見てみると、
∫←こんな記号がひたすら並んでいる数学の本だった!
(物理の本かもしれない!)
僕はそれを見てとてもハッピーな気持ちになった。
その人が理系の研究者である説も全然捨てきれないけど、
その年になっても精力的に学問をつき進めてゆく姿勢。
いつになっても学びってやっぱり大事なんだな!って思えた。
他にも学生や社会人が各々、英語や法律、経済などの学びに勤しんでいた。
街に出たから分かった。
学びたい人は結構いるぞ!
僕らは、サービスを提案するたびに
「勉強したい人、がターゲット?それはビジネスを考えてない。
そんなやつほとんどいないんだって。お前らは医学部だから特殊なんだよ」
と言われ続けてきた。
とても寂しかった。
勉強をしたい!という欲求が、どこか社会通念みたいなものに
抑圧されている感があったから。
社会で成功を収めている「イケてる」人たちはもしかしたら、
「学校の勉強など無意味。社会に出てからがすべて」というかもしれない。
「学生時代はとにかく遊べ!社会経験積め!
机上の空論なんて意味ないからな!」
と、カッコ良く語るかも知れない。
こういった表現は、勉強するという行為を、泥臭くてカッコ悪くて
究極の遠回りなものにしてしまう。
ではそれは本当なの?
勉強するという行為は、泥臭くてカッコ悪くて、究極の遠回りなの?
もちろん社会経験とか遊びとか実務的なこととか、
必要なものは勉強以外にもたくさんある。
でもそれは勉強が意味ないということとは別次元の話。
どっちも大事なんだよ。
大事だから、高齢になっても自発的に勉強してるんだよ。
勉強ってカッコ悪いみたいなイメージを払拭すれば、
きっともっと多くの人が堂々と勉強するんじゃないのかな?
僕はSphiaという活動を通じて、
勉強する全ての人に、coolな勉強法を届けたい。
社会全体が、少しでも「勉強って、楽しくて、カッコいいもんだ!」
っていう認識になってきたら、きっと日本は良くなっていくと思う。
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